サー・アレック イシゴニス

キラキラ

サー・アレック イシゴニス はMINIの生みの親!!
おとーさーん!!!赤ちゃん

常識を覆す発想をもちいて制作されたMINIの車。
1956年のスエズ動乱が引き金で、エジプトがスエズ運河を封鎖し、ヨーロッパに通じる石油のパイプラインを切断してしまったことにより、ガソリンに対しての市民へ不安が募り、大排気量の車への見方が変わり、サー・アレックが設計した車。それがMINIです。
そんな歴史的背景がなければMINIは誕生していなかったのです・・幽霊


ミニの設計の中に盛り込まれた、天才サー・アレックの技術
1:エンジンとギヤボックスを2階建ての構造にしたこと家
2:エンジンを横置きにした世界初のFF(フロントエンジン・フロントドライブ)
3:4輪独立懸架サスペンション
今まで誰も成し得なかった新しい試みが、自動車工学の奇蹟とまで呼ばれるMINIを生み出したんです。

MINIの本はたくさんあるけれど、サー・アレック イシゴニス自身の本てゆうのがあまりないです。
でも、名言??をちゃっかり世に残しています。
イタリアの巨匠、ビニンファリーとアレックイシゴニスの会話の中で、
サー・アレックは、「miniは私が死んでいなくなってもずっと流行っているだろう」と話していたそう。。
まさにその通り!!まんまとその通り!!
サー・アレックがこの世を去ってはや20年以上たった今でも、熱狂的なファンがいるそんな車だよー!!最高だねっお父さん乾杯

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